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【 おかめ寺 】~続・京都会議 :: 2007年1月21日

 国際会議場からタクシーに乗り、運転手さんに「報恩寺って分かります?」と聞くと...
「ん~???」と分からない様子。おかしいな...おかめさんで有名な報恩寺って聞いたよな...

あっおかめさんで有名なお寺と聞いたんですが...」と付け加えると
「あ~おかめさんとこね。」地元では、愛着をもってそう呼ばれているそうです。

おかめさんと私

 国際会議場から京都駅に向う途中で少し遠回りをすれば新幹線の時間までに間に合うとのことで...足を伸ばしてみました。

私も夫婦円満を祈願

 (国宝 千本釈迦堂 大報恩寺 真言宗に属し、鎌倉初期義空上人の開創。京都最古の国宝建造物だそうです。)

750年の歴史を感じますね~

 なぜここに...?と思いますよね。それは、大工の夫を助ける心優しい妻おかめの物語を知り合いから聞き、機会があれば...と思っていたからです。

(以下、少し長いですから覚悟して読んで下さい。本堂にあった説明をもとに...)

 およそ760年前、この千本釈迦堂の本堂を建立することになり、洛中に名の聞えた棟梁、長井飛弾匠守高次が選ばれました。(その妻がおかめであり、その内助の功は評判でした。)

 工事が着々と進んで行きましたが、名棟梁とうたわれた高次も千慮の一失か、上棟式を目前に控えて大切な四天柱の一本を誤って切り落としてしまいました。替柱探しに奔走しましたが、適当なものは見つからずやがてくる総責任者としての取るべき立場と名誉の失墜を思い苦悶の日々を送っていました。

 おかめは、一早く事態を察し、仮堂安置のご本尊様にその解決を願いました。
「夫の苦境をお助け下さい。助けて下さったなら、 私の命と引きかえに差し上げます。」
と祈りました。

 七日七夜の必死の祈りに御仏のお導きか、突然ご本尊のおひざ元に光り輝く「斗ぐみ(ますぐみ)」が目に映ったのです。

 ご本尊から授かった啓示により、おかめは夫高次に「全ての柱を切り揃え(ますぐみ)をもって高さを補えば」という提案をしました。高次の顔には見る見る生気が蘇り、名匠の噂通り、たちどころに設計の工夫をこらし、緩やかな屋根、安定感のある本堂の骨格を生み出しました。

さすがに名匠!

釘一つないの分かります?

 その後、おかめは自ら命を絶ちました。

 安貞元年12月26日、厳粛なる上棟式が営まれ義空上人署名の棟木棟札が上げられ、棟札の上部に三本の末広を円形に組み、「おかめ」の面が納められました。それを打ち付ける高次はおかめの功績により出来上がった本堂がいつまでもおかめの心と共に伝承されることを祈りました。

 上棟の盛儀に集まった人達は生前のおかめの徳を讃え手を合わせました。義空上人は、おかめの死が夫の名誉を守るための女徳を顕彰するとともに境内に塚を建ててねんごろに弔いました。この塚がおかめ塚と呼ばれるようになりおかめの徳を慕って詣でる人が次第に多くなったそうです。

 江戸時代中期ころより建物を造る時、おかめの御幣を受けて安全と招福を祈り、また、商人や信奉者に増福繁栄の功徳が多いとしておかめ多福招来の信仰が全国的に風靡するところとなったそうです。


 さすがに750年以上前の建物、柱も建具も軒の垂木の一本までも...歴史の重さを感じました。柱上部の斗くみも「へぇ~」と口を開いて関心するばかりで言葉が出てきませんでした。

おかめ桜
 
 境内には枝垂れ桜だと思いますが、なんとも優しげni佇むおかめ桜が枝を揺らしていました。今度は、このおかめさんが満開の頃来てみましょうかね。

うちのおかめも連れて...(笑)


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